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エネルギア伝統文化賞

東郷浪人踊り保存会 東郷浪人踊り保存会のみなさん 保存会会長 米田強美さま

東郷浪人踊り保存会(浪人踊り保存伝承/鳥取県東伯郡湯梨浜町)

住 所鳥取県東伯郡湯梨浜町
1960年東郷浪人踊り保存会結成
1962年鳥取県無形民俗文化財指定
 第4回中国・四国ブロック民俗芸能大会(松山市)出演
1995年第1回郷土の民俗芸能大会(米子市)出演
 (以後、鳥取県主催の大会に多数出演)
2012年第54回中国・四国ブロック民俗芸能大会(岩国市)出演
【由来】
 東郷浪人踊りは、鳥取県東伯郡湯梨浜町(旧東郷町)に所在する南条氏の羽衣石城落城にまつわる鎮魂の踊として伝わっている。羽衣石城は、標高380メートルの要害堅固な山城で、因幡と伯耆の国境に位置する交通水運の要地として諸将の羨望の的でもあった。戦国期、出雲の尼子氏、安藝の毛利氏から猛攻を受けることになる。中でも天正年間の毛利軍吉川勢との戦は凄惨をきわめ、両軍の流血で東郷池を赤く染め、屍山をなしたといわれ、戦死者、行方不明者が続出し、生き残った者は浪人となって四散してしまった。
 その後浪人たちが落城した7月20日になると夜陰にまぎれて何処からともなく池周辺に集まり、ありし日の羽衣石城を偲び、城主を慕いながら静かに踊り、夜が明ける頃、また、何処ともなく去って行ったといわれている。これが浪人踊りの起こりだと伝えられている。

○南条家ゆかりの地、姫路市豊富町で奉納(2015年7月):上
○保存会のみなさん:左
○保存会会長 米田強美さん:右
〔※画面をクリックすると拡大します〕

 浪人踊りは鎮魂の踊りであるため、その仕ぐさが多く含まれている。寂しさを感じさせる、間の長いドウの音、ゆったりとした調子の唄、音を立てない合掌や、死者を招き寄せるような所作、音を立てない摺り足のさばき、無言のままで、囃しや掛け声など一切無く、編笠を深くかぶり顔を隠している。衣装は近世浪人風の黒装束に南条氏家紋の花クルスを染め抜き、腰には赤ざやの落とし差しで印籠を付け足袋草履ばきである。唄は、南条氏賛歌は御法度のため、遠祖にあたる源氏の源平合戦のくどき文句にすり替えている。
 浪人踊りは、湯梨浜町松崎地区のお盆に細々と踊られており、戦後一時、消滅の危機にあったが、1953年の東郷町発足を契機に、伝統行事の水郷祭が復活し、同時に地域に古くから伝承され、精神的な支えとなっていた浪人踊りを求める声が高まって、復興につながった。その後、1960年にNHK主催の鳥取県第1回郷土民謡芸能大会に出演して、絶賛を受けたことをきっかけに、町民の保存の熱意が高まり、地元松崎公民館が中心となって、東郷浪人踊り保存会が結成されることとなった。1962年には、伝統的な民族芸能として文化財的価値が高いことから、鳥取県の無形民俗文化財に指定された。
 以来、町の援助や町民の協力を受けて活動を広め、特に1975年以降、地元の小中学生に伝承指導を行い、その披露を水郷祭で行うことで、浪人踊りの保存・普及・後継者養成に努め、着実にその努力が実ってきている。また、羽衣石城の攻め手側に伝わった南条踊りを行う地域(広島県北広島町大朝、山口県岩国市)とも交流を行い、地域同士のつながりの醸成にも努めている。
 こうした地域文化の振興に努めるとともに、伝統文化の保存伝承に多大な貢献を果たしている。(K)